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TPPで著作権法が改正される?非親告罪化の詳細と影響

作成日:2016.09.15

最終更新日:2016.11.28

カテゴリー:Tips

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環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の交渉が始まって以来、「現在は親告罪である著作権法違反が、非親告罪になる」というトピックが注目されています。
しかし、自分の生活にどのような影響を及ぼすのか具体的なイメージがわかない、という人も多いのではないでしょうか。

そもそも、「親告罪」とは何なのでしょうか。
著作権法はなぜ親告罪とされていて、そして今、非親告罪化が検討されているのでしょうか。

この記事では、今さら他人には訊けない著作権法の非親告罪化について、親告罪の定義から創作業界への影響まで詳しく解説していきます。

1.親告罪とは何か

親告罪とは、「被害者の告訴がなければ刑事責任を問うことができない犯罪」です。

通常の犯罪では、被害者の意向とは関係なく、警察官が犯人を逮捕して検察官が裁判をするかどうか決定します。
しかし親告罪とされている犯罪に限っては、被害者の告訴が無ければ刑事責任を問うことができません。警察官や検察官の判断だけでは取り締まりを行えないのです。

では、なぜそういった制度があるのか、なぜ著作権法は親告罪とされているのか、説明していきましょう。

1-1.親告罪という制度がある理由

親告罪を採用している犯罪には、下記3つのパターンがあります。

  1. 被害者の意向を尊重するため定められているケース
  2. 犯罪自体が軽微であるケース
  3. 国家権力の介入が好ましくないケース

強制わいせつ罪などの性犯罪は、被害者のプライバシー保護のために親告罪とされています。一部非親告罪のものもありますが、基本的には親告罪です。
次に、「被害者からの告訴が無ければわざわざ警察や検察が動く必要はない」と考えられている比較的軽微な犯罪も、親告罪となっています。器物損壊罪などが該当します。
最後に、親族間での犯罪など、国家権力の介入が好ましくないと考えらえる犯罪は親告罪となっています。親子間での窃盗や詐欺などが該当します。

1-2.著作権法が親告罪である理由

著作権法では、「著作権者の意志に反してまで取り締まりを行う必要はない」という理由により、親告罪が採用されています。
つまり、先ほど挙げた3つの理由のうち、「1.被害者の意向を尊重するため定められているケース」に該当します。

たとえば、著作権者に無断でコスプレを行うことは、複製権侵害(著作権法21条)です。
しかし、アニメファンの方がコスプレを行うことによって、そのキャラクターの宣伝となるという面は否定できません。
著作権侵害の違法行為であっても、最終的に著作権者の利益になるため、黙認されることがあるのです。

つまり、著作権侵害は犯罪行為だとはいえ、必ずしも著作権者の利益が損なわれるとは限らないのです。
そこで、著作権法違反の犯罪については、「著作権者が厳重な処罰を望むときに限って取り締まりを行うべきだ」と考えられています。

1-3.著作権法の親告罪と非親告罪の状況(2016年8月現在)

よく誤解されているのですが、現時点においても著作権法の全てが親告罪に該当するわけではありません。
多くは親告罪ですが、一部非親告罪とされている行為もあります。

2016年8月時点で、親告罪とされているもの・非親告とされているものを下表にまとめました。

以上のとおり、2016年8月現在の著作権法においても、親告罪のものと非親告罪のものが混在しています。
つまり、今後の法改正によって著作権法が非親告罪化するといっても、すべてが影響を受けるわけではありません。

2.著作権法非親告罪化の背景

2-1.環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)

「著作権法を改正して非親告罪にするべきだ」という議論は長らく行われてきましたが、日本国内では賛成派・反対派の意見が激しく分かれていたため、法改正に向けた動きは一進一退でした。
しかし、2015年10月5日にアメリカのアトランタで環太平洋パートナーシップ交渉(TPP)の大筋合意がなされたことにより、非親告罪化が現実的なものとなりました。

この合意の中では、主要項目として「知的財産分野」が挙げられており、「商業的規模で行われる故意の著作権侵害について、非親告罪とすること」と記されています。
この基本合意を受けて、日本政府は文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会を開催し、著作権法の改正に向けた議論を着々と進めています。

2-2.海外の状況

TPPに参加する国のうち、日本と同じ親告罪を採用している国はベトナムだけです。

TPP参加国以外でも、親告罪を採用している国はほとんどありません。
ヨーロッパ各国をみても、親告罪を採用している国は、ドイツとオーストリアのみです。
イギリス・フランス・イタリア・スペイン・オランダ・デンマークなどの主要国では、非親告罪としています。

つまり、世界的な主流は非親告罪です。

3.非親告罪化の詳細

3-1.非親告罪となる時期

非親告罪化はTPP合意によるものなので、いつ著作権法が改正されるかは「TPPがいつから実施されるのか」によります。

2016年8月現在において、TPP実現の具体的な目処はまだ立っていません。
アメリカのオバマ大統領は、2016年内にTPP法案を議会で採決することを目指していましたが、アメリカ国内の反発が大きく議論は中途段階にあります。

アメリカでは2016年11月に大統領選挙が行われることになっているため、大統領選挙の結果によって、TPP法案の採決時期が左右されるといわれています。
なお、主要大統領候補であるトランプ氏もヒラリー・クリントン氏も、TPP反対を表明しています。そのため、どちらが大統領となってもTPPの採決は難航すると予測されます。

3-2.非親告罪の対象範囲

著作権法の改正案では、「著作権侵害の違法行為のうち、特に悪質な犯罪に限って非親告罪とする」とされています。
つまり、著作権法違反の犯罪の全てが非親告罪となるわけではありません。

具体的には、非親告罪化の対象とされるのは下記3つの行為です。

(1)不当な利益を得る目的や、著作権者を害する意図があるもの
(2)原作をそのまま利用する侵害行為であること
(3)著作権者が得るはずであった利益が不当に害されること
参考:平成28年2月 文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会

ひとつずつ説明していきましょう。

(1)不当な利益を得る目的や、著作権者を害する意図があるもの

著作権侵害によって不当に儲けようとする行為や、商業的規模で著作権侵害を行う場合が対象とされています。
たとえば、「アニメの権利者でない会社が勝手にグッズを作って販売した」などの例が該当します。

ここでいう「商業的規模」とは「経済活動としての規模」であり、侵害行為の主体が企業か個人かは問われません。個人であっても、大規模な利益を得ている場合、「商業的規模」に該当します。
逆にいえば、企業であっても経済的規模が小さければ商業的規模に該当しないと判断される余地が『理論的には』存在します。しかし実際は、企業が侵害行為の主体である場合は、ほぼ100%商業的規模と認定されます。企業が主体である以上は営利目的であると判断されるためです。

なお、「いくら儲けると商業的規模に認定されるか」という基準はありません。
著作権侵害によって得た利益の額だけでなく、侵害態様や侵害期間などさまざまな事情を考慮に入れて判断されます。

(2)原作をそのまま利用する侵害行為であること

原作品をそっくりそのままコピペしたり、原作品のデータをそのままネット上にアップロードしたりする侵害行為が対象とされています。
反対に、作品の一部に手を加えたパロディや二次創作は、対象から外されています。

(3)著作権者が得るはずであった利益が不当に害されること

映画のDVDの海賊版を動画サイトにアップロードすると、その動画の閲覧者はDVDを購入しなくなってしまいます。
このような侵害行為は、「著作権者の売上げを不当に害する行為」に当たります。

反対に、人気漫画のコスプレをしたとしても、漫画の作者が損害を被るとは限りません。
コスプレによって宣伝となることはあっても、単行本の売上げが減少する可能性は低いからです。
よって、このような行為は非親告罪の対象から外されています。

3-3.非親告罪となる行為の具体例

ここまで述べてきたことを踏まえて、非親告罪となる「悪質な侵害行為」の具体例を挙げてみましょう。

  • 販売されている映画のDVDをダビングしてオークションサイトで販売する
  • テレビドラマを録画してYouTubeにアップする
  • 漫画の全ページを写真に撮って個人のホームページに投稿する
  • 小説の文章をそのままタイピングしてブログに掲載する

上記の行為は、著作権者の利益を害する悪質な侵害行為であり、非親告罪化の対象となります。

3-4.非親告罪化対象外となる行為

逆に、非親告罪化対象外となる行為もあります。
下に列挙したような行為は、厳密にいえば著作権法違反でも、必ずしも悪質とはいえないと判断されます。そのため、非親告罪の対象から外されています。

  • アニメキャラクターのコスプレをした写真をFacebookに載せる
  • コミケ(コミックマーケット)で漫画やアニメなどの二次創作同人誌を販売する
  • 「うたってみた」「おどってみた」などの動画をネットで配信する
  • 海外小説を日本語に翻訳してブログに掲載する

とくにコミケについては、文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会において、「コミケでの同人誌の販売は非親告罪の対象から外すべきだ」と明言されています。
コミケで販売されている同人誌の中には著作権侵害の疑いがあるものも含まれていますが、コミケによって日本の漫画界が発展したという面もあります。そのため、非親告罪の対象からは外されることになりました。

もっとも、上記の行為が非親告罪の対象から外されるといっても、厳密にいえば著作権侵害行為であることに変わりありません。
著作権者が通報すれば、いつでも取り締まりを行うことができます。

4.非親告罪化による影響

4-1.非親告罪化による利点

4-1-1.被害者が多数の場合、手続きが容易になる

著作権者が1人の場合は、告訴を得ることが簡単です。
しかし、被害者が多数の場合はどうでしょうか?

近年、海賊版の動画をネット上にアップロードする行為が増えています。
中には、多くの違法動画を集めて広告収入を稼ぐ、という悪質なサイトも存在します。
このようなサイトの取り締まりを行うためには、それぞれの著作権者の告訴を取らなければなりません。

このように著作権者が100人も200人もいる場合は、告訴を取るために膨大な手間がかかります。各著作権者の所在を突き止めるだけでも多大な時間がかかるのです。
このような犯罪が非親告罪となれば、煩わしい告訴の手続きを省いて警察の判断で迅速に取り締まることができます。

もちろん、警察の判断で取り締まるといっても、被害者である著作権者の意向もきちんと確認します。著作権侵害かどうかを確認するには、「著作権者に無断で利用したか」ということがポイントになるからです。

つまり、告訴の手続きを省略するということは、「ややこしい法律の手続きを省略する」という意味であり、著作権者の意向を無視するというわけではありません。告訴の手続きを省略する代わりに、著作権者に電話で連絡するなど、より簡易な方法で著作権者の意向を確認できるようになるのです。

4-1-2.国際的な犯罪に対応できるようになる

インターネットの普及により、国境を越えた著作権侵害行為が増加しています。
このような国際的な犯罪を取り締まるためには、著作権法を国際的に統一する必要があります。

海外の法律を見てみると、圧倒的に非親告罪が多数派です。
そこで、少数派である日本が法律を改正することによって国際標準に合わせるべきだという声が高まっています。

日本が法律を変えるのではなく、他の国が法律を改正して世界中で親告罪を採用すればいいのではないか、という意見もあります。
しかし、告訴の手続きは国ごとに異なるため、どの国の手続きにそろえればいいのかという問題が生じます。著作権法を国際的に統一するのであれば、親告罪にそろえるよりも非親告罪にそろえる方が簡便なのです。

4-2.懸念される問題点

非親告罪の対象は、「著作権者を害する意図」「不当な利益を得る目的」に限定されています。しかし、これらは曖昧な規定であるため、専門家でも解釈が難しい問題です。ましてや一般のネットユーザーが判断することは非常に困難です。

このような曖昧な規定が採用されてしまうと、「親告罪なのかどうか分からないから、やめておこう」という萎縮効果が生じるかもしれません。このような萎縮が生じてしまうと、創作活動の発展が阻害されてしまうおそれも出てきます。

なお、デメリットとして「別件逮捕の口実になるのではないか」という点を危惧する声もあります。実際、「別件逮捕 非親告罪」と検索すると、別件逮捕について懸念するページがいくつか出てきます。
しかし、そのほとんどが間違った推測によるものです。

先述した通り、非親告罪化の範囲は限定されています。
非親告罪となったからといって、警察が好き勝手に取り締まりできるわけではありません。
そもそも別件逮捕自体が許されない行為なので、「別件逮捕が可能になる」ということはありえません。実際に行われたとしたら、国家賠償請求訴訟の対象になるほどの重大な行為であり、大問題となります。
著作権侵害が非親告罪となったとしても、別件逮捕の口実となる可能性は低いといえるでしょう。

5.まとめ

著作権法違反が非親告罪になるといっても、特に悪質な行為に限定されています。
著作権法のルールを守って正しく著作物を利用している人であれば、心配することは何もありません。

また、親告罪のままとされる侵害行為であっても、厳密にいえば著作権侵害行為であることに変わりありません。
親告罪か非親告罪であるかに関わらず、著作権法のルールを守って正しく著作物を利用しましょう。

著作権法違反の逮捕実例などはこちら:【2016年版】Webの著作権侵害事例とトラブル対処法

著者:田中靖子(たなかやすこ)
法律家、ライター。
東京大学卒業後、2009年に司法試験に合格、弁護士として企業法務、知的財産権等の業務を扱う。
2012年に弁理士登録。現在はスウェーデンに在住し、法律ライターとして法律関連の記事の執筆や講演等の活動を行う。

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